Cross The Ages - クロム仕立てのグリモワール

All Rights Reserved ©

Summary

想像してみてください...。 想像してみてください、全能の魔法と超接続されたテクノロジーの両方を同時に浴びる世界を。 Cross the Ages©は、ファンタジーとSFが同じ大陸を共有している宇宙で、両者の最後の争いで荒廃した土地を隔てています。 西にはアルカニスがあり、そこには召喚と呪文の支配者がいます。魔法を使えば、ドラゴンを手なずけたり、火を操ったり、嵐を起こしたり、影の中を移動したり、神々よりも威厳のある存在になることができます。それは魔法と不思議のダークで壮大な帝国です。 東には国境のない都市大陸であるオービタリアがあり、そこには超多忙な人々が住んでいます。サイバネティック・インプラント、高度なロボット、遺伝子の最適化、スーパードラッグ、人工知能などが現実のものとなりました。オービタリアは、その技術で自然を意のままにした。 この2つの超大国は、遠く離れた場所で対立し、魔法とテクノロジーが同等の力を発揮する危機に挟まれた冷戦を戦っています。しかし、そのバランスはすぐにどちらかに傾いてしまう...。

Genre:
Fantasy / Scifi
Author:
Cross The Ages
Status:
Ongoing
Chapters:
17
Rating:
n/a
Age Rating:
18+

Chapter 1

1

アポロジウム

「アポロジウムへ……ようこそ!」

戦いの審判のしゃがれた声が、熱気にあふれるアリーナの喧噪にかき消される。

アルカント側では、観衆の叫び声が魔法の角笛により増大され、彫刻の施された石造りのアーチをなぞって響き渡る。アークホームと呼ばれる魔術界の属性が、それぞれに自らの強みを示そうと秘法を披露する。火の魔術が放つ打ち上げる花火や、地の魔術が起こすリズミカルな振動。自然の魔術はダンスを踊るかのように、次々と花を咲かせていく。風と水の魔術はそれぞれの持てる力を融合させて湿気を帯びた風の流れ吹かせ、アリーナに籠る熱狂的な唸り声を洗い流す。

その正面は、マントリスの陣営だ。歓声が催眠がかって揺れ動く光に姿を変える。飛び回るドローンが、ホロジェニックな観客を探し出し、その姿を高さ4メートルほどの3D画面に映し出す。サイバネティック機器で身を固める者、アドレナリンまたはメディテックの力でビオブーストされた者、遺伝子操作で持てる力を最大化された者、ロボットのアシストを受けている者……皆、彼らの国のエレガンスを象徴する、航空機型の建造物に掲げられた巨大スクリーンに自分のホログラムが表示されるのを待ち望んでいる。

審判はこの強烈な音と光のスペクタクルの中でなんとか自分の方へ注意を集めようと必死だ。アリーナの真ん中に一人立ち、狼狽えている。集団的な熱意を込めた音の波がわずかに引いた瞬間を見つけては声を張り上げるのだが、彼のシルエットは忙しく跳ね回る光の中にいとも簡単に溶けていってしまう。

「都市大陸、マントリスの皆様、ようこそ!」

そのサインを待っていたかのように、ドローンの群れがアポロジウムの東側に飛び立ち、光のダンスを踊り始める。緻密に計算された動きの元、この機械仕掛けのホタルのバレエがマントリスの都市で導入されている、4つのテクニック・スタイルのロゴを華々しく描いた。サイバネティック派は、磁気モーターを妨害しない程度に、これでもかと言うほどに次々とドローンたちの色を変える。そのドローンを必死に操作しているのはロボティック派だ。ジェネティック派は、空中で交配された色合いを分析しつつ、下手な組み合わせに落胆したり、逆に思いがけず気に入ったコンビネーションを見つけては賞賛を送ったりしている。メディテック派は輝く目を見張り、その様子を一瞬たりとも見逃さない。

「魔術の国、アルカントの皆様、ようこそ!」

その声に応えて、アポロジウムの西側は雷鳴のコンサートを演じ始めた。千の木片と動物の毛から作られる弦楽器、リソフォンがメロディの波を生み出し、奥深い響きのあるリズムのベースを作り上げている。バグパイプとトランペットの金属音の嵐が優雅にメロディに寄り添い、独特で豊かな音色を醸しだす。だがすぐさま、この讃美歌は力強さと感情の昂ぶりを見せる。おどろおどろしい火のオルガンが、このポリフォニーの旋律に、文字通り炎を灯した。

「ご覧ください、まさに目を、耳を圧倒する光景でございましょう!」

スピーカーから流れる審判の声が、耳をつんざくほど音を震わせながらそう誇らしげに告げる。

「アバリーションだけが、我らのこの競技だけが、これ程までの盛り上がりを皆様にお届けすることができるのです!そして、この競技会場に相応しいのは、唯一、アポロジウムのみです!」

ロイヤルボックスからは、ソリスが両陣営の熱狂を、ほとんど罪の意識にも似た喜びと共に味わっている。彼女は、アルカントとマントリスが互いに憎み合うことから生まれた、不協和音を奏でる歓喜の旋律に震えるとともに、そこから流れ出る予期せぬハーモニーに驚きつつも酔いしれる。

このアポロジウムがもたらすものは、響き渡るアンサンブルとはかけ離れたものだ。それなのに、激昂した罵り合いと2つの文化がぶつかり合う中にある、何か密かな共通点のようなものがスピーカーから響き渡るような気がするのだ。

審判がわずかな静まりの瞬間をとらえて、最初の導火線に火をつける。

「さて、山深いアコングアの洞窟奥深くに生きる皆様のため……」

マントリス陣営でからかいの笑い声が上がる。

「そしてメタバースのピンキッシュなホログラムを通してしか世界を見られない皆様のため……」

皮肉の眼差しが、アルカント陣営から向けられる。

「……簡単にゲームのルールをおさらいしましょう」

それを聞いて、ひそひそとした声がアポロジウムの両サイドに広がる。はやく本題へ入れと言わんばかりに、皆がそわそわし始める。審判はそれを心得ている。魔法スクリーンそしてテクノロジースクリーンに表示されるこの解説は、形式上のものでもあるが、皆が楽しみにしているスペクタクルの一部なのだ。期待と緊張が高まる。人々は既に解説の声に集中する。

「戦いは、4ラウンド以上で勝利を収めたチームの勝ちとなります。各ラウンドの参加者は、4チーム。そして各チームは2人のペアで構成されます。各ペアはアルカント人選手1名、マントリス人選手1名からなり、そして2人はチェーンでつながれます。右手が自由になっている者がアタッカー、そして左手が自由になるものがディフェンダーとなります。その他は……」

期待に雰囲気に応えるようなジェスチャーをしながら、審判は数秒間、声を止めた。

「使用できる武器は無制限です!」

残忍なカタルシスと共に群衆が雄たけびを上げる。

スクリーンには一組のペアの様子が表示されている。片方の選手は長く腕をくるむグローブをはめ、もう片方はパヴィース状に中心が突出した重厚な盾を手にしている。両選手とも厚手の鎧を身にまとい、グローブを付けている者の鎧には、左肩、胸、そして背中の3か所にターゲットが付けられている。

マントリス人はスキン、そしてアルカニス人は魔術を使うことで、観客らは選手の出身や性別、カラーなどを自由に選ぶことが出来る。いずれにせよ、基本はいつも同じだ。攻撃者と守備者は両陣営から1人ずつが組み合わさるのだ。2人の手首を繋ぐ鎖がマントリスとアルカントを結び付け、最強のチームを作るのだ。もしくは最悪の!

観衆たちの興奮は高まり、監督はさも面白そうに説明を付け加える。

「競技は実にシンプルです。アタッカーの役割は敵チームの鎧に描かれた3つのターゲットにタッチ入れ、ペアを退場させることです。そしてディフェンダーは自分のパートナーを守るのがその役割です。このゲームにはナイーブな者たちが信じるような勝利への意欲も、正義は勝つと言った信念も全く関係ありません。言えることはただ一つ……

……生きるか死ぬか!」

群衆はさらに声を張り上げ、審判の声をかき消した。

雰囲気に圧倒されて、ソリスはアポロジウムが勇者の戦いを忍んで開催されるものだということを忘れそうになる。勇者の戦いとは、あいまいな停戦と言う形に終わったアルカントとマントリスの間に起こった戦争だ。この戦いをめぐる議論は今でも続いている。

20年前の事だ。そして、20年の時が経っても両陣営の間には遺恨が残っている。現代におけるアポロジウムは、勇者の戦いが人気のスポーツという形で生まれ変わったものだ。人々がより大きな栄光を夢見つつ、ノスタルジーに駆られて訪れる、武器をまとった有名戦士達のざわめきに溢れる墓場でもある。

この墓地の観覧席に腰掛け、敵のマントリス陣営に向き合うソリスは、この血まみれのアリーナで死体の井戸よりも、橋を多く架けたいと望んでいる。疲弊しきった戦いの上に掛かる、かつての敵国を繋ぐ橋だ。

ようやく訪れた、両者を和解させるチャンス。

その子供じみた考えに彼女の笑顔も凍り付く。ソリスにも分かっているのだ。彼女には、アルカントのマラカとしての威厳ある行動が求められている。もう彼女は楽観的なものの見方やましてや感情的な一面など、外に出してはならないのだ。たしかに、ソリスがマラカの座に就いてからまだ間もない。だが、それは問題ではないのだ。彼女の父、ナイフのように固く鋭い王、マレックが突然の死を迎え以来、彼女には自分の弱みを見せることなど許されないのだ。魔術の力が突如として影から光へと変わることがないのと同じように、アルカントもかつての敵、マントリスを前に揺るぎない態度を示し続けるべきなのだ。たとえどんな状況に置かれても。

そして、みなそれぞれに思う所があったとしても、だ。

彼女は動揺を隠そうと、三つ編みにした髪をなでる。ぼんやりとしながら、彼女は漆黒の髪に編み込まれた7つのリングを指で繰る。それぞれのリングがアルカニスの7つのアークホームを示している。下唇の金とオニキスのピアスをかみ砕きたくなるのをこらえつつ、舌でもてあそぶ。

髪に触れていた手を止めた。不安な気持ちを悟られてはならない。そこにある緊張を逃そうと、彼女は目立たぬように体を動かして、貴族らしい品格のある姿勢を整えようとする。いや、女王の威厳のある姿勢を。

ソリスを囲むように半円になって座るアルカントの小君主たちがざわめく。ソリスは皆がスペクタクルをより楽しもうと気分が盛り上がっているだけだと思い込もうとする。だが同時に、彼女は彼らの体から驚くべき強さで発せられる空気の振動を感じた。それが本当の所、意味するものは分からない。上がったり下がったりするこの振動の波がそれを発する者の人間性を含んでいる。全体的には、君主たちがさして関心も共感もなく奏でるかすれたバイオリンの音のような印象だ。

彼女は、不安を解消させようと流し目で周りを見回した。おもむろに振り返るわけにもいかないが、彼女の右側に忠実な護衛として立っているハンニバルが目に入る。

4クデを優に超える身長を持つこの男は、盛り上がった胸板の前で筋肉のみなぎる腕を組み、見る者を圧倒する。黒い肌はこの暑い夏の日に照らされてブロンズのように輝き、その滑らかで髪の無い頭に反射している。担いだ大型のハンマーと背中を横切る巨大な斧が、彼の力強い体躯を強調している。1つずつであっても、普通は両手で使うのだろうが、ハンニバルは2つの武器を同時に操る。

彼のような体格の男は、魔術の世界ではいささか場違いでもある。呪文の力でレンガを持ち上げたり、敵を地滑りの下に埋めたりできるというのに、男が自分の鉄の塊を持ち上げたところで何の意味があるのだろうか?

そのなぞなぞの答えはソリスも良く分かっている。それでも大理石のような肌から滲み出る不安の雰囲気をかき消そうと、ハンニバルと数えきれないほど語り合った話に思いを馳せる。ずる賢そうな小君主たちを観察する言い訳にもなりそうだ。

「ねぇ、ハンニバル」

女王らしい姿勢を忘れずに、ひじ掛けに手を乗せたままソリスは顔を後ろにそらし、この魔術戦士の方を見やる。これで後ろに控える貴族たちの半分がソリスの目に入る。

「貴方がアポロジウムで優勝した時、正確にはおいくつでしたの?」

またしても、ハンニバルはソリスの変貌に驚かされる。一年、一年と成長を見届けてきた子供がこんなにも貫禄を付けたのだ。彼女の大きな魅力は、なんといってもその紫の瞳だ。その瞳は、彼女のそこはかとない繊細さを隠す静かな力強さで輝いている。

悲しいかな、ハンニバルはその魅力を知る数少ない一人だ。他の貴族や魔術師たちは、ソリスの外見ばかりにとらわれている。生意気なほどに美しい娘。大きすぎ、重すぎる王冠を頭に乗せたかわいいお姫様。

もしソリスの父ががさつで、娘に無関心な男でなければ、後を継ぐ者として彼女を教育できた、いや、すべきはずだったのだ。だが実際は、彼女を信頼して手をかけることをせず、自信を持たせてやることも無いままとなってしまった。彼女には、国を治めるのはまだ早いのだ。今のところは。今以上に憐れみを放棄し、威厳を示さねばなるまい。ハンニバルには分かっている。感じるのだ。

地の魔術師の力で、ハンニバルは彼女を取り巻く環境の小さな揺れを感じ取っている。見習い魔術師は、人々の踏み鳴らす足の音、パーカッションを打ち鳴らす音、紋章期が不規則にはためく音、風に煽られる広告塔の音のせいで、目指すべき方向を失ってしまう。ハンニバルほどの能力がなければ、アポロジウムの地下室で不安げに出番を待つ剣闘士の足音、アリーナの落とし格子に当たるチェーンの音、そして齧歯動物が砂の上をかける音を聞き分けることはできないであろう。

ハンニバルには、確実に全てを聞き分けることが出来るのだ。そして、興奮した観客らがアポロジウムを震わせる音が大きくなればなるほど、小さな震えを感じる取るのは彼にとってたやすいこととなる。

ソリスの熱狂にかられた鼓動でさえも、ハンニバルには聞き取れる。そしていらついた小君主たちが人知れず椅子に爪を立てる音も、歯ぎしりをし、骨を強張らせる音も、みな聞こえるのだ。ロイヤルボックスは、森の生き物が水を求めて注意深く進んでくるかのような振動を受けている。

ハンニバルは、ソリスがどれほどアポロジウムでの勝利を必要としているか、鋭く感じ取る。一方で、集まった小君主らは敗北を恐れている――密かにそれを望んでいながら!巨大な富を手に入れた代わりに、魔法の力を奪われてしまったこの貴族たちは、ひ弱な獲物を取り囲むハイエナのような魂をしている。彼らを前に、ソリスはいかなる弱みも見せてはならない。さもなくば、いずれ暗殺の標的とされてしまうだろう。

それが現実のものとならぬよう、ハンニバルは手を尽くしているのだ。

彼がそばについている以上、ソリスに手を伸ばすものは一人もいないはずだ。

ハンニバルはこれらの思考を一切表に出さない。地の魔術師の持つイメージ通り、彼は絶大な冷静さで感情を消し、吸収してしまうのだ。その不動の冷静沈着さは正にソリスの護衛と言う役割に相応しい。

「17歳でした、マラカ様」

ようやく、ハンニバルが答えた。

もう8年前のことだ。当時、若きハンニバルは今のような地の魔術師ではなかった。アポロジウムで優勝した褒美として、ハンニバルは当時のマレック、つまり国王であったトルニルの護衛に就くことを願い出たのだ。これがソリスの父だ。だが、マレックは既に自身の護衛を持っていたため、代わりにハンニバルを娘に付けさせた。その日以降、ハンニバルとソリスは一度たりとも離れたことが無いのだ。

「私の記憶が正しければ、貴方は7回戦、つまり最終戦で、たった一つのハンマーを武器に勝利したのよね?」

「その通りです、マラカ様」

ソリスは、もう100回も耳にしたこの話に聞き入ってほほ笑んだ。

「勝ち抜いてきたお話。何度くらい聞かせていただいたかしら?勝利から得たもの。そのために払った犠牲。全てを決めた、絶望的なハンマーの一振り。これなくしてあなたはこの場所にいない……」

ソリスは小さく笑う。まだ大人になり切れていない、幼さの残る響きだ。ハンニバルから目を離さない。声にして言ってはいけないことがある。彼女はハンニバルにどうかそれを読み取ってほしいと願っている。

彼は誰からも恐れられ、服従させる力を持っている。だがソリスの目に映るハンニバルは唯一の守護神、彼女に忠誠を誓った保護者なのだ。

現実はそれ以上だ。彼は無関心で冷たい父の代わりを務めた兄のような存在なのだ。この魔術戦士とって、それは適役だったのだろうか?そんなはずはないだろう。だが、ハンニバルは常にソリスのそばにいた。彼は彼女の安心を与える岩のようなものだった。それだけで十分だったのだ。それが全てだと言っても良い。

当然のことながら、ソリスの希望は打ち砕かれる。どんなに努力しようとも、ハンニバルにとっては人の気持ちなどより武器の方が扱いやすいのだ。

だが本当のことを言えば、彼は自分の心の震えの一番柔らかい所を隠すことを覚えたというだけのことだった。巨大な男は、ソリスが求めるものを良く分かっている。

彼だって、すぐにでも彼女が好きな図書館に行って何時間でも一緒に過ごしたい。彼が育ったアコングア山脈の創造者の一族、花崗岩の人々について語り聞かせてやりたい。ソリスのわがままに付き合ってやったり、笑わせてやったり、元気づけたり、悲しみを忘れさせたりすることに一生懸命になっていたい。

だがもうそれは出来ないのだ。

ハンニバルが昔の思いを捨てられないでいるから、ソリスも王座を継ぐという未来をなかなかイメージできずにいるのかもしれない。アルカントをその肩に背負う女王、マラカの座に就いたのだ。かつてハンニバルが肩に乗せて歩いた小さな女の子を卒業しなければならない。ハンニバルは彼女が自分でそのさなぎを破り飛び立つその日まで、そばで支えていくのが役目なのだ。何を犠牲にしてでも。

じっと見つめ合うその時間は永遠に続くかのように思われる。そしてこの沈黙も。ソリスがどうにかしてもう少し会話を続けようとする。彼女はそこから、小さな焚火に当たる時のような温かさを感じるのだ。小君主たちに聞こえないように小さな声で話しかける。

「どうも慣れないわね!」

「何のことですかマラカ様?」

「それのことよ。私の事、称号で呼ぶんだから」

ハンニバルは顎を食いしばった。そうすると彼はますます威圧的に見える。

「時が変わったんだ。君は女王なんだぞ」

大男は、小君主たちの方に神経を使いつつ、目でソリスにそう語りかける。

だがソリスだってそんなに鈍くない。ハンニバルがこの状況の変化を喜んでいないのを分かっているのだ。それも当然のことだ。地のアークホームは変化を嫌う性分を持っているのだ。さらに悪いことに、彼はソリスの事を自分の妹のように思っている。そして多くの兄と同じように、妹の成長を目の当たりにすると、疑り深く、そして野暮になってしまうのだ。

彼だって苦しいのだ。少なくとも、彼女と同じくらいには。ソリスの父が死んで以来、父親についていた3人の護衛が今はソリスに付いているが、彼らに遣るハンニバルの視線一つとってもハンニバルの思いが読み取れる。彼らは無論、有能な戦士であり、その能力を遺憾なく発揮してきたのだが、それでもハンニバルは、ソリスを守るには自分の方が適役だと感じている。

一方のソリスは、ハンニバルが護衛の事に気を取られるのを止めてもっと彼女自身を見てほしいと思っている。彼にはそれが分からないのだろうか?彼女の護衛を名乗り出る者は余るほどいるが、心の内を打ち明けても良いと思える友人はそう多くの無いのだ。

だがそれももう、ハンニバルに訴えるのをあきらめた。もう一度闘技場に向きなおし、深く腰を掛ける。アポロジウムに想いを巡らせるのだ。

彼女のそんな薄暗い思いを反映するかのように、まるで太陽が時を待たずして沈み始めたかのようにしてあたりの光が消えていく。アポロジウムが可動式の屋根に覆われ、巨大な円形闘技場へと姿を変えたのだ。観客らは息を呑み、やっと審判はその声を響き渡らせることが出来る。

「20年前の今日、リフトのこの地で2つの伝説が運命をかけた戦いを繰り広げました。余りに凄惨で無謀ともいえる戦いは、我々の大陸の形そのものすら変えてしまったのです」

重たい沈黙が舞い降りる。すると、地面の砂から2体のホログラフィーが立ち上がった。

シャーカとフォーストだ。

ジェネティック派の男、そして影のプリムスだ。

マントリクスにおける第一人者とアルカントの国の勇者。

8メートルの高さになるそのホログラフィーは闘技場のどの位置からも良く見える。ホログラフィーの画質は最上級で、シャーカの肌の上で波打つ爬虫類のゲノムから合成されたケロイドをもくっきりと映し出している。上半身をはだけ、シンプルな布一枚を胸にかけただけのこのレジェンデールは静かにフォーストに向き合っている。

一方のプリムスは、暗闇を切り出してきたかのような長いマントを羽織っている。生地には渦巻き状の飾りが波を打つように異なる長さの連なる裾を飾っている。ここにもまた、投影される映像の高度さが際立つ。異常に発達し、頭蓋骨を変形させ顔の皮膚を引きつらせ、時にはそれを引き裂いてしまう、影を操る者特有の骨格をつぶさに映し出している。その薄い肌、不自然に突き出された眼窩と頬骨のせいで、その魔術師はまるで死体であるかのようにも見える。もっと正確に言えば、人間の形をした死神だ。ひどく鮮やかな死。

20年が経っても、シャーカとフォーストの戦いのインパクトは強烈なまま残っている。カルトなどではない、もはや神話なのだ。そして勇者の戦いに終止符を打つこととなったその戦いの神話は、年を追うごとに少しずつまた強固なものとなっていく。

その戦いでアルカントとマントリスは互いに追い詰められ、持てる限りの腐敗した呪文、そして持てる限りの破壊的な武器を持ち出すこととなった。両陣営の民はエスカレートする戦況に心を痛め、国の指導者たちに紛争から抜け出す道を探すよう求めたのであった。

誰が最初にアイディアを出したのかは定かではない。だが最終的に、両陣営の勇者の間で、1対1の戦いが行われることになった。それがシャーカ対フォーストの戦いだ。遺伝子的に最適化された生き物、マントリスのカリスマ的戦士に対する暗闇を孕んだ影のプリムス。

皆の期待をかけた、少々奇妙だがロマンチックな人選だ。人々はすぐにそのやり方に賛成した。

だがその結果は惨憺たるものであった。

今でも、その戦いの成り行きは果てしない議論の対象となっている。歴史家の半数はフォーストの勝利を主張している。だが残りの半数はシャーカが自分を犠牲にすることでプリムスを消し去ることに成功したと解釈している。その一方で、決闘がどのような結末を迎えたかについては、議論の余地はない。

説明のつかない壊滅的な爆発が起こったのだ。それはアルテリウム大陸の北から南へとその痕跡を残し、両陣営の境界線を描いた。それが、かの有名な、リフトだ。

リフトと呼ばれるこの地溝は荒れ果てた一帯となった。大海のように地平線の果てまでまっ平らなノーマンズランド。浸食によって形作られた醜い傷跡のようなレリーフ。水の無い不毛な地……。埃をかぶり、ミイラ化した大地が永遠に続く苦しみの叫びを上げたまま凍り付いている。

この身の毛もよだつ大地の変動の後、勝者がはっきりしないまま、明確な勝敗の宣言無しに、戦いはあいまいな休戦という形で終わったのだった。そのはっきりしないフラストレーションの中からアポロジウムを生み出そうという流れが出てきた。会場となるアリーナはリフトの真ん中、アルカントとマントリスの国境からちょうど同じ距離の所に造られた。

何としてでも勝者をはっきりさせたいという思いは、マラカには良く分からない。しかも、アポロジウムの試合を重ねる度にその願望がより高まっているというではないか。彼女にしてみれば、件の戦いの結論を打ち出すことより、両者の間に同じことが二度と起こらないよう策を講じる方が良いように思われるのだが。

そんな思いをよそに、アリーナではシャーカとフォーストが伝説となった戦いを繰り広げ始める。

彼らは命を懸けた、複雑なバレエを演じ、あれほどまでに鮮明な映像を映し出していた技術をもってしても動きが読み取れないほどの超人的な速さで動きを続ける。

戦いの最初のハイライトシーンだ。フォーストがあまたの短剣を投げつける。そのリズムはあまりに高速で、まるでクラーケンのごとくいくつもの腕を持ち合わせているかのように見える。猛烈な攻撃を受けたシャーカは神業の様に霧のような跡を背後に残しながら飛んでくる刃の間をすり抜ける。わずかによけきれない短剣は、強靭な防護力の革をまとった腕で跳ね飛ばす。

だが、ナイフの雨が止んだと思ったその時、最後の短剣が何もない空中から現れ、防御をすり抜けてシャーカの目を突き刺した。そこから黒い霧が吹きだし顔をすっかり覆ってしまう。

観衆が同情の叫びをあげる。ソリスは思わず自分の目元に手を当てた。

痛みで一瞬動きが止まったシャーカは、その後に続く、2本目の短剣を避けることができない。それを受けて完全に視界を失う。よろめき、崩れ倒れた。これでおしまいだ。

理屈の上では、ここで戦いが終わるはずであった。

ここが、2番目のハイライトなのだ。

このトランスヒューマンのような驚くべき動きで、シャーカは二本の剣を振り回しながらフォーストに身を投げかける。両眼をやられているにもかかわらず、蛇のようなつかみどころのないスピードを保ち続けている。目を見張るような不屈の精神に不意を突かれ、プリムスはほんの一瞬動きが止まる。この一瞬を掴んでいさえすれば必死の反撃をかわすことが出来たはずだろうに。剣が彼の胸を突き抜けた。

テクノロジーを駆使して、この上なく滑らかな映像を映し出す一方、アルカントの魔術はリアリティーを強調する。観客らはすべてをその目で見、聞き、感じているのだ。フォーストに剣が突き刺さる瞬間の、肉の引き裂かれる音、剣の刃があばら骨に切り込まれる音がアポロジウムに響き渡った。

そしてまた、苦痛に共鳴するかのような観衆の叫びが沸き起こった。

2人の対戦者が向かい合い、互いの顔に血を吐きかける……。

そして姿を消した。

録画された映像が突然消えたかと思った瞬間、アルテリウム大陸を破壊した爆発が起こり、その後に猛烈な火傷、リフトを残す。

観客の最後の叫び。今度は彼らの不満を表している。それから、敬意のこもった大きな沈黙が2人の英雄を包み込み、消え去った彼らへの思いをアリーナへと導く。

ソリスはアポロジウムの試合の時に毎回上演されるこのアーカイブ映像にあまり興味が無い。どんなにバーチャルリアリティーを追求したとはいえ、ソリスに言わせてみれば体感できるバイブレーションに欠ける。それに迫力はあるが、戦いからは機械で生成された光子や音以外の波動が無く、心に響くものが無いのだ。

一方で興味深いのは、観客の間を駆け巡る感情の昂ぶりと降下だ。身の毛のよだつ、震えを湧き起こす動き、抑制された恐怖、電気的なカタルシス。戦いの追体験の中で繰り広げられる、驚異的なスペクトルだ。その様は、ソリスがそこにある全ての色合いやその色から滲む半音階をつぶさに感じているかのようだ。圧迫された心臓が血液を送り出す音や唇から流れ出る息の音が否が応でも聞こえてしまう、そして漏れ出て渦を巻く湿った湯気を感じ、頬に、掌に突然火が灯るのを否が応でも感じてしまうのと同じだ。時々、彼女は予知めいた閃光のようなものを感じる。全てが彼女に降りそそぎ、彼女の中で転がるのだ。彼女の胸郭が機関銃となり、ざわめきの音を立てる神経はギターの弦となってメロディを奏で、そして彼女の肌がアリーナに漂うわずかな湿気を飲み込む。彼女はそれらを全て奪いとり、拒絶してしまいたい。彼女はそれらに苦しめられているのに、求めてしまうのだ。ソリスは存在しない、少なくともまだ存在していないアークホーム、彼女のためだけに作られたアークホームのプリムスになったような気分だ。この世界にハーモニーに溢れる波動を鳴らす音の魔術だ。

その時突然、彼女はアポロジウムの真ん中に、あるイメージを見た。単なるイメージではない。その弦をリフのリズムで打ち、音を奏でるハープのコードだ。彼女の体全体が共鳴胴そのものになる。ソリスはもっと感じよう、もっと理解しようとして目を閉じた。

その時突然、シャーカが巨大な布の裏側のようなものに吸い込まれ、消えてしまうのを見る。その布に見えたものはきっと空だ。そしてそれが手袋のように内側から裏返しになるのを感じる。フォーストのことも感じる。彼の正面には深く巨大な沈黙が佇み、砂の音までもかき消してしまう。彼は戦うのを止めたのだ。ソリスにはそれがはっきり分かる。彼は自ら、止めたのだ。自らの意思で。

ソリスが我に返った時、ハンニバルが心配そうに、それなのにほほ笑みながら彼女を見ていたことに気づく。自分が今感じたことをハンニバルにも伝えたい。でも、どうやって?どうやって、これを地を震わせるような超低周波音の音域に翻訳すればよいのだろう?

巨大なスタジアムでは、皆が2つの民の存在に関わるいっても良い、一つのクエスチョンを前に答えを出せないままでいる。ハンニバルもずっと問い続けてきたクエスチョン。マントリスのテクノロジーとアルカントの魔術。どちらが強いのだろうか?どちらが勝つのだろうか?

こういうわけで、アポロジウムの戦いは、シャーカとフォーストの伝説の戦いがあった記念日に行われることになっているのだ。年に一度、両陣営の戦士たちが歴史の錠前をこじ開け、最終的な答えを出そうと、あの決闘を再解釈するのだ。勝ったのはどちらか、ジェネティック派のシャーカか、影のプリムスであるフォーストか?

ハンニバルは8年前に、その答えを探そうとここで戦ったのだ。かつての王、マレックもまた、毎年同じ理由で娘をここに連れてきていた。

ソリスは、自分でも驚くほどはっきりと届く閃光を感じ取り、これまでぼんやりと見聞きしてきたものを理解する。彼女には何かの力がある。天賦の才能とも呼べるものかもしれない。彼女は他の誰も感じることの出来ないバイブレーションを感じることができるのだ。最初の戦いが始まろうという中、唯一の、たった一つだけの疑問が彼女を悩ませる。もしかしたら、20年前からずっと、アルカントもマントリスも、間違ったクエスチョンを抱き続けてきたのではないだろうか?

Continue Reading Next Chapter
Further Recommendations

Stummy: Might have to read this again. Sweet story with a nice plot.

Bkprice: I’m glad she has Cal

Cypress McCarta: I was hooked, i love this story. Well done 👍👏

Tina Figueroa: I love everything,and there are no words to describe how amazing this book is.Please you have to read the series,I did an it was so worth it

Tina Figueroa: I love this book 📚,need to read give it 5 stars 🌟. I’m so happy I got a chance to read such an amazing series, and I think I have 2 more books to read

Kirztendax: Nice story even though short. Plot is unique. Love how feisty Zyra is. You know Dear Author, I just love your style of making the female protagonist feisty & a fighter in most of your novels, that’s why I vehemently read all your novels. You are just so amazing!It’ll be perfect if you make a 2nd ...

Sandra Bennett: I am so gripped with this book series. I am so intrigued to find out whose fated mate will be for the brothers and their friends

Swahin : Brilliant work

More Recommendations

Eddie Lhérisson: I love the book and the plot so far but I'm a bit confused about a lot of the details: so her wolf "mate" didn't want to bit her because he also felt she was from another species but he never mentionned anything? The twins are royalty but are being reprimanded by their guards? Guards placed by th...

Janis Hynes: I really like this book

Kath Wise: This is great. There is always something to keep you drawn in. I simply cannot wait for the next book. I hope it comes out soon. 9.5 / 10. Thankyou author.

dragonlady520: love this series well written and worth a second read.

SkyeJOelofse: I'm dying!!! This is epic! Best one I've ever read!

About Us

Inkitt is the world’s first reader-powered publisher, providing a platform to discover hidden talents and turn them into globally successful authors. Write captivating stories, read enchanting novels, and we’ll publish the books our readers love most on our sister app, GALATEA and other formats.