Chapter 1
五月の青々とした芝の匂いが鼻を心地よくくすぐる。こんな日は、愛する人と、愛する我が子のサッカーの試合を観戦するのにぴったりだ。愛する人がいないのは残念だけど、それ以外はほぼ完ぺき。ノアは我が息子の晴れ姿に胸をときめかせていた。
コーチがセンターサークルに向かい合った両チームに声をかける。
「お互いに、ベストを尽くすように!試合開始!」
「フー!!!ゴーゴー・トム!!いけいけー!!」
いきなり、コートのすぐそばで大声がこだまする。コーチ、子どもたち、それから試合を見に来ていた親たち全員の視線が、試合が始まる前から興奮して飛び跳ねているノアに集中する。
「あ、す、すみません。キック…オフ。あはは」
慌てて取り繕う。トムだけは微笑んで、小さく声の主に手を振る。ああ、本当に素敵な子。ノアは嬉しくなって両の親指を突き出し、ウインクする。今度は、声は出さないようにして。
試合の方はというと…まだ小学校低学年のプレイらしく、ボールが蹴り出されるたびに周りの全員が突進するので、そのたびに人だかりが移動するという調子で、じれったい展開だ。大勢の子どもたちの足に隠れてボールの行方がなかなか見えない。ノアが苦笑しながら見ていると、たくさんの足と砂煙の中からいきなりボールがポン、と飛び出した。たまたまその先にいたトムが足許に転がってきたボールを呆けたように見下ろす。ノアは声を限りに叫んだ。
「今だ!トム!いけーーーっ!!!」
トムはハッと我に返り、つたない足どりでゴールに向かってドリブルをする。また子どもたちがボールに向かって突撃していく。頑張れトム、誰にも渡しちゃだめだ。ノアは興奮極まり両手を握り締める。
どうにかゴールに近づくと、敵チームの子どもたちもまた彼を阻止すべく向かってくる。ノアの目から見るとその光景はまるで、たった一匹の獲物を求めて突進する狼の群れのようだった。かわいらしい狼ではあったが。
トムは群れが近づく前に、ボールを蹴る。その瞬間、すべての動きがスローモーションになった。まるで映画のように。ボールはゴールに向かって真っすぐ突き進んでいく。…と思ったが、全く違う方向に飛んでいく。オーノー。ノアは両手で頭を押さえる。だがそのボールは、ちょうどトムの逆サイドに控えていたチームメイトの目の前に落ちた。狼の群れがすっかりトムに気を取られていたために、彼はまったくのフリーだ。満を持して、シュートを蹴りこむ。
ボールはコロコロと転がり、見事キーパーとは逆方向に決まった。
「イエス!イエス!フー!!ナイスシュート!ナイスパス、トム!!」
今度は遠慮なく、喜びを全開にして叫ぶ。突然、背後で声がした。
「さすが俺の子だ」
低く響く、心地よい声。振り返ると、最愛の人がトムを見つめていた。そしてノアに視線を移す。
「僕たちの子、でしょ」
ノアがなじると、ジェイはウインクで返した。
「遅かったね」
ジェイの腕に手をかけ、少し伸びあがって頬にキスする。
「ああ、でも決定的瞬間に間に合ってよかった」
これでピースは揃った。何もかも完璧な日曜日。
試合は、相変わらず団子の移動が主だったが、それでも両者ともに何点かを入れ、3-2でトムのチームが見事勝利した。
結局最初から最後まで、一番熱心な声援を送っていたノアは有終の美を飾るべく、大はしゃぎする。その横で、ジェイは穏やかに微笑んでいた。
試合を終えたトムが、二人の元に走って来る。ノアは両手を広げ、トムを強く抱き締める。「見てた?ぼく、やったよ!シュートはできなかったけど、結構活躍したよね?」
「大活躍だよ!」ノアはキスの嵐で答える。そしてトムに囁いた。
「いっちばんかっこよかった」
「いっちばん?」
「うん!」
トムの顔がぱあっと明るくなる。
「ほんと?パパもそう思った?」ジェイの顔を見上げる。
ジェイはトムを抱き上げ、顔と顔を突き合わせる。
「ああ。見事なアシストだった。さすが俺たちの子だ」
「その通り!」ノアが二人の肩に手をかけ、頬に交互にキスする。
「今日はごちそう?」
「もちろんだとも。何がいい?」
「ステーキ!」
「ようし」